オレ達の都市伝説

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徳川家康が出会った「肉人」 未知との遭遇 虚舟

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江戸後期の学者、秦鼎(はたかなえ)が書いた『一宵話』巻之二「異人」の中で語られているとある話がある。

 

それは慶長14年(1609年)に起きた出来事。

すでに将軍職を三男の秀忠に譲って、「大御所」と呼ばれるようになった徳川家康は、駿府城にて、隠居生活を送っていた。

4月4日の朝、どこから侵入してきたのか、駿府の庭園に見た事もない奇怪な「ヒト」が突然現れた。

 

「小児のごとくにて、肉人ともいうべく、手はありながら指はなく、指なき手をもて、上をさして立たるものあり」

 

それは「肉人」とでも言ったらいいのだろうか、小児のような形の肉塊で、手はあるけれど指はなく、その指のない手で天を指して動かない。

その姿を見た庭園の者たちは皆、「なんだあれは」「化け物か」と驚くばかりでどうしていいかわからず、ただ右往左往していた。

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庭での大騒ぎはやがて城中に聞こえるようになり、やむをえず家康公の耳に入れることとなった。

「いかが、取り計らいましょうか?」とお伺いをたてると、「別になにをするわけでもないのなら、人目のつかないところに捨ててしまえ」との事だった。

 

そこで家来たちは捉えようとするのだが、この「肉人」すばやく動きなかなか捕まえることができなかった。

結局捕獲はあきらめて、城から山へと追いやっていった。

 

後にこの話を聞いた薬師は、「なんとももったいないことをしたなぁ」と悔しがった。

曰く、それは中国の古書にある「封(ほう)」というもので、白澤図にも記載があり、この肉を食べれば精力がつき武芸にも優れるようになる仙薬だったのだそうだ。

 

 

このような江戸時代の"未知との遭遇"でもうひとつ有名な話で、「虚舟(うつろぶね)」というものがある。

それは滝沢馬琴(たきざわばきん=曲亭馬琴)の呼びかけにより結成された、「兎園会」という当時の文人や好事家が毎月一回集まって、見聞きした珍事・奇談を披露しあうもので、それらの話をまとめた『兎園小説』と題して刊行した物の中にある。

 

それによると、事は享和三年(1803年)2月22日の事。

常陸国(ひたちのくに 現在の茨城県)にある浜の沖合に怪しげな舟が浮かんでいた。

村の漁民たちは、多くの船を出しこれを浜に引き上げた。

その舟は丸く、長さ5.4メートルほど。上部はガラスと障子を張ったような感じで、船底は鉄の板でできていた。

 

そして中には、なにやら箱を大事そうに抱えた、髪、眉が赤く肌は桃色と美しく、白い付髪を長く垂らしたいかにも異国の人のような女がひとり乗っていた。

舟内には小ぶりの瓶に入った水や、菓子のようなもの、肉をねったような食べ物があった。

内壁には見たことのない文字が多く書かれていた。

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外に出てきた女に村人たちは、「どこから来たのか?」と問いかけるも女には全く言葉通じていない様子。

困った村人たちが相談する様子を、女はにこやかに見ていたという。

 結局対処に困った村人たちは女を舟に押し込めて、再び沖へと流してしまった。

 

という話なのだが、話だけを聞けば単にどこか異国で罰を受け、島流しにあったのでは…?と推測できるが、問題は挿絵の中にある舟の絵が、現代でいうところの"UFO"に酷似しているところから、江戸時代の宇宙人来訪説がたびたび語られるわけである。

 

もっともこの話の中でこの舟は空を飛ぶどころか、自力で動くような事すらないのだが…。


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