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【都市伝説】古代宇宙人? 異端の文明を築いた謎多きシュメール人

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紀元前3800年頃、どこからかシュメール人と呼ばれる民族がやって来ると、信じられない大変化が起こった。
文明の一大ブレークとも言うべき現象が起きたのである。
メソポタミアの地は、わずかの間に、前例のない大繁栄を記録した。
そして、空前とも言える政治権力が打ち立てられたのである。
それは、美術、建築、宗教は言うに及ばず、社会機構、日常の細かな慣習から楔形文字の発明に至るまで、
それらは、すべて、彼らシュメール人の成せる画期的偉業であった。
世界最初と言われる船や車輪つき戦車なども、この頃、シュメール人によってつくられたのである。

 

彼らは、紀元前3800年前後に、優れた文化を携えて突然と登場したことがわかった。
高度な医学、法体系、慣習などがあり、彼らは、スズと銅を微妙な配分比率で混ぜ合わせて青銅をつくるという合金技術すらも知っていた。
医学では白内障での水晶体の混濁部分を除去すれば直るということやその手術方法も知っていた。
また、彼らの法体系は画期的なもので、労働者、失業者を保護する法律などがあり、裁判ではすでに陪審員制度がとられていたのだ。
議会の二院制もしかり。これらは、現代の法体系に生かされていることは周知の事実である。

 

シュメール人とはいかなる民族なのか、それも謎に包まれている。
シュメール人が、どういう民族で、どういう言葉をしゃべり、どこから来たのか? 一切わからないのである。
 シュメール語にしても、周辺民族のそれと何ら類似性が見られないのである。
掘り出されたシュメール人を描いたと思われる像は、どれも目が異様に大きくあご髭をはやしているのが印象的だ。

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もう一つ、彼らの出所を複雑怪奇にする理由は、シュメール文明の基になる文明の痕跡が見当たらないことである。
つまり、いくら、発掘を重ねても、それ以前の遺跡が見つからないことである。どういう文明にも、その発端となる文明は存在するものである。
それが、シュメール文明に関しては、それが見当たらないのである。

 

何よりも不可解なのは、シュメール人が、使っていた暦だ。
それは、月の満ち欠けで、年月をはかる太陰暦と呼べるもので、世界最古の暦(こよみ)と言えるものだった。
彼らの用いた暦は、驚異的とも言える恐ろしく正確な暦で、日食、月食のタイミングを始め、様々な惑星の事細かな動きまで詳細に予想出来たのである。
さらに、信じられないことには、2万5920年かかって地球の地軸が円を描くという歳差運動(さいさうんどう)の周期すら知っていた! 
メソポタミアの地に登場して、たかだか2千年ほどで、どうして、そのようなデータがわかったのだろうか? 

 

記録によれば、シュメール人は、当時、すでに何百もの天文用語を使っていたことも判明している。
彼らがどのようにして、そのような高度な天文学を持つに至ったのかはわからない。
彼らは、世界最古とも言える60進法を基本とする数学を確立し、それに基づいて高度な暦をつくり上げたのである。
かくのごとく高度な天文知識に加えて、恐ろしく高度な彼らシュメール人の文明が、何を手本にし、また何に影響を受けたのかは不明である。
ただ言えることは、シュメール文明は、紀元前3800千年ほど前に、奇跡と思える暦、高度な数学、複雑な社会機構や合金技術を持った状態で
いきなり歴史に登場して来たということだ。これは何を意味するのだろうか?
シュメール文明が、古代史最大の謎と言われている所以がここにあるのだ。

 

彼らは自らを「混ざり合わされた者」と呼び、自分たちは「アヌンナキ」という神々の集団によって作られたと信じていたそうです。
また、「アヌンナキは金を採掘するために他の星から地球へとやってきた」と信じていたともいわれており、
シュメール人の古代神話を「アヌンナキは金を採掘する労働者を求めていたので、遺伝子操作によってシュメール人を作り出した」と解釈する
「古代宇宙飛行士説」支持者もいるとのこと。

 

ゼカリア・シッチンによれば、この太陽系には10番目の「ニビル」と呼ばれる惑星が存在するという。
彼は、シュメールの粘土板を詳細に解析し、この結論にいたった。惑星ニビルは公転周期約3600年で、知的生命体「アヌンナキ」が高度な文明を構築している。
アヌンナキは、地球に接近したときに地球に飛来し、われわれ人類を遺伝子操作で猿人から創生した。

 

現在、多くの科学者は、宇宙全体で知的生命体が存在する確率は非常に高いことを認めている。
ただし、その知的生命体同士が遭遇する確率はほとんど0だという。ゼカリア・シッチンの仮説によれば、地球人類とアヌンナキは遭遇したのでなく、
アヌンナキが自分たちに似せて作り出した生命体が地球人類だということになる。
聖書の創世記にある「神は自分たちに似せて人を創った」という記述が実際に行われていたのだ。

 

このように、シュメール文明は、その後の世界文明のあり方に大きな影響をおよぼすことになった。
今日、我々が何気なく使っている1日が24時間で1時間が60分、1分が60秒という法則も、60進法を基本となすシュメールの高度な数学にあやかっているのである。
1ダースが12個や1フィートが12インチと言った単位もそうだし、星座占いに出て来る黄道12宮も、ギリシア神話に登場する12柱の神々の話も、
そのルーツを探るとすべてシュメール文明に行き着くのである。
つまり、現代の生活は、メイド・イン・シュメールで成り立っていると言っても過言ではない。

 

シュメールの古文書には、これらの驚異的な天文学の知識、高度な医学、合金技術を「神々からの贈り物」という不思議な表現で記されている。
これは、どういう意味だろうか? つまり、彼ら自身がつくり出したものでなくて、神々から与えられた既成の知識だということなのであろうか?

実際、彼らが登場してから衰退し、歴史上から姿を消す2千年ほどの間、テクノロジーがそれ以上発展することもなかったのも事実である。
 これは、自分たちが独力で生み出した知識ではなく、何者かに与えられたからなのだろうか?

また、「混ぜ合わされた物」という表現で人間をあらわす言葉が出て来るが、
異星人と原始人のような土着の生き物との間で遺伝子操作が行われたような記述にも思える。
 

そうすると、人間とは、異星人と未開人との間で人工授精を行ってつくり出された混血種ということになる。

さらに、ウルの王墓を発掘してみると、殉葬が行われていたことが判明した。その様子は、実に衝撃的な光景であった。
王の墓では、武装した兵士や家臣団が、隊列を組み戦車を従えたままの格好で、きちんと並んで死んでいたのである。
一方、王妃の墓では、多くの侍女が正装して、楽器を持った楽士たちとともに何の取り乱したふうもなく横たわっていた。
あたかも、彼らは隊列を組み、儀式用の衣装をまとい、頭飾りや見事な金銀の装身具をつけて、
今まさにパレードでもするかのような華やかさで、そのまま土中に埋もれていたのである。そこには、苦しんだり死を恐れた様子は微塵も見られない。

 

古代中国の殷(いん)王朝でも、殉葬が行われていたことが知られているが、それはゾッとするほど残酷な儀式だった。
数百人の奴隷が無惨にも首を斬り落とされて一か所に投げ込まれていたのである。
恐らく、数珠つなぎにされ、逃げることも出来ずに引き立てられ、有無を言わさず斬首されたとしか思えぬものであった。
しかし、ウルの王墓では、自ら進んで毒杯をあおって死んだとしか思えないのである。
恐らく、数百人のお供、侍女、家臣団、多くの兵士が、きちんと列を成して一斉に毒をあおったに違いない。
まさに戦慄すべき死の儀式を想像してしまう。来世の信仰がないと言われるメソポタミアで、なぜこのような形の殉葬が行われたのかは今もって謎である。

 

シュメールは4000年前にセム族によって乗っ取られる。4380年前にシュメール都市国家にセム族が侵入。
セム族がアッカド建国。4200年前にはシュメールが再び奪い返すが、4000年前にはセム族がバビロニア建国。
メソポタミアシュメール人は絶滅し、それ以降メソポタミア地方はセム族に支配されることになる。

 

生き残ったシュメール人が、彼らの植民地であるインダスへ流れていった(シュメールとインダスが頻繁に交流していたことから考えても、
インダス文明があった現在のパキスタンは人口の90%がイスラム教徒になっていることから考えても、
メソポタミア~インダスは行き来が頻繁な地域であった)このシュメール人とインド原住民の原モンゴロイドの混血がドラヴィダ人だと考えられる。
その後、ドラヴィダ人インダス文明を放棄して拡散していった。学説ではインダス文明消滅の理由は乾燥化説や洪水説で、
アーリア人に攻められたのではないという説が主流だが、もう一方に残る次の事実は捨象されたままになっている。


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